◆「父の小さな木箱」◆


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 「トントン」「カンカン」「シュッ、シュッ。」 今日も山間の小さな村の谷間に父の大工仕事の乾いた音が鳴り響いてこだましている。私が小学生の頃は父の大工仕事の場は隠居所の入口付近にあった。 「またやっているな。」小学校から帰ってくると父の仕事場を覗くのが好きだった。「また、何を造ってるのん?」と問いかけると「何だと思う?」とその時は決まって直ぐには答えてくれない。全部組みあがって完成した時に教えてくれるのだ。やがて白木で出来上がってきた作品はどれもこれも私の目には新鮮だった。出来上がった作品を見て私は「ああ、なるほどな、あの部品はここに使われたんだ。」と感心するのだが、父は常に見るもの聞くものを次の新しい作品製作のための材料にしていたに違いない。父は家の大改修などの大掛かりな大工仕事を幾つも行ったが、私が小学生の頃の作品は建具や飾り棚、また子供のための玩具や勉強机、本棚などの比較的小規模のものが多かった。


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 小学校の四年生か五年生頃だったと記憶している。母方の祖母が普段の住所の名古屋から時々、隣村の実家に帰ってきていた。そんな時に父がまた大工仕事をやりだした。暫くすると「これを今すぐ、おばあちゃんの所へ届けてきやんせ。」と私に言って真新しい木の小箱を手渡した。「何、これ?」と、例によって私が目を丸くして尋ねると「おぶくさんを運ぶ手提げ箱だ。」と答えが返ってきた。見るとなるほど上の方に把手がついており、箱の中にはおぶくさんが転ばぬように小さな穴が一つ細工してある。名古屋の住まいで祖母がおぶくさんを2つの棟の間を裸で運んでいることを父は以前、祖母から聞いていたのだ。


私は久しぶりに祖母の顔を見る嬉しさと父のその真新しい作品を早く祖母に見せてやりたい思いから、自転車で急いで玄関から出ようとした。ところが、その木の小箱を自転車の荷台にしっかり固定していなかったものだから、玄関の敷居の所で荷台から地面に落としてしまった。「あっ。」と言った時は遅く、落ちたショックで小箱の蓋の部分が破損してしまった。父が祖母のために仕上げた作品を壊してしまってべそをかきそうな顔になったが、父は「何をしたんや。しょうがないなあ。」と言うだけで直ぐに修理に取りかかってくれた。私は申し訳ない思いからずっと傍らで修理作業を見守っていた。  再び出来上がったその小箱を今度はしっかりと自転車の荷台にくくりつけて隣村の祖母の家まで大急ぎで自転車を漕いでいった。小箱を壊しても父に叱られなかったことが祖母に会える嬉しさに相乗して、隣村の急な坂道をフーフー言いながらも一生懸命、自転車を漕ぐ力になっていたことを鮮明に記憶している。


 父は農業の合間に趣味と実益を兼ねて好きな大工仕事に取り組んでいたのであるが、父の逞しい創造力と観察力を結集した作品を通して家族や回りの人達に父なりに愛情を注いでいたに違いない。■(平成8年4月。父の一周忌に記)


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