モンブランを体験したら、次はマッターホルンだとずっと思いつつ、この高峰を訪れるのは比較的遅かった。いつでも行けると思いながらなかなか実現しなかった。2週間のジュネーブ滞在中に毎朝TVで山の天気予報を眺めていた。中間の休日である土曜日、日曜日が晴天になることを祈っていた。マッターホルンは、ジュネーブからは東へかなりの距離があった。早朝に出発する必要があった。日帰りである。決行のその当日、ジュネーブのホテルを6時半頃にホテルを出発し、コルナバン駅でツェルマットまでの列車の切符を買い乗り込んだ。約2時間の行程だ。ローザンヌ、モンルトー、シオンを経由しフィスプ(Visp)で列車を乗り換え、やっとツェルマットに到着。
ツェルマット市内観光は後回しにして、隣接するゴルナーグラート鉄道の登山電車に乗り換えた。赤い車両数両のゆっくりした電車だ。アプト式ラックレールが敷かれた急勾配をゆっくりと登っていくのである。ツェルマットから出発してしばらくして。眼下にツェルマットの街並みが広がる頃、「はっ」と眼前にとてつもなく大きなものが目に飛び込んできた。それがマッターホルンだ。この初めてみる景色にはなんとも言えない感激を覚える。定番のカレンダーや絵画などで見るあの景色なのだが、実物はとてつもなく巨大で、且つすばらしい。真っ青に晴れ渡った空を背景にした、巨大でかつ鋭角な山は見る者を圧倒する。いくらか心の中に準備していた「マッターホルン像」があったが、その想像を遥かに超越していた。その感激は丁度、中学生の修学旅行のとき初めて富士山を見た感激に似ていた。それを眺める仰角は予想より遥かに高い角度だった。あの初めての富士の感激に似たものがこのマッターホルンにもあった。その風景を登山電車から何枚も何枚もカメラに収めた。まだ、入り口の段階なのにこんなに感激してどうしようかなどと思ったりもした。
やがてその赤い登山電車は、終点のゴルナーグラート駅に到着した。この終点には、丸っこいドーム屋根をしたレストランと土産店、休憩所などがあった。この地から望むマッターホルンは、あまり見慣れていない形をしていた。見慣れた頂とは違った趣がある。3130mの高さで空気は当然薄くなっている。走ったら息切れした。薄い空気だがとても澄んだ空気を通したマッターホルンはまたすばらしい。まさに額縁に収めたい景色であった。レストランで暫くの間、休憩したあと、再び登山電車に乗りツェルマットの街まで降りて行った。ツェルマットに着いた時はもうお昼をかなり過ぎていた。
どうしようかと迷ったが、思い切って、今度はクラインマッターホルンに登ることにした。クラインマッターホルンには、ツェルマットの街の少し外れたところにゴンドラリフトの乗り場シュルーマッテンがある。そこからリフトに乗り途中フーリで一回ロープウェイに乗り換えて、一挙に3820mの高さのクラインマッターホルンに到着した。
クラインマッターホルンに到着すると案内板にしたがって歩くと展望台へのエレベータがある。その方向へ進もうとしたが足がついて行かない。頭もくらくらする。ここではゆっくり歩かないと息切れがする。富士より高い高度なのだから酸欠も仕方ないか、と思いつつゆっくりした足取りで展望台まで上ると絶好の天気である。空は深い青だ。時間が遅いせいか人はまばら。眼前に氷河が広がり、アルプスの山並み稜線のパノラマが360度広がる。この景色を見たら、ここへ来た甲斐があった、と誰しもが感じるのはうなずける。言葉では表現しきれない。何故か展望台の真ん前に、キリストの巨大十字架が立っていた。この展望台の上からのパノラマを全ての人に見せてあげたい。
(平成15年5月18日記、平成29年12月5日編集)