結婚した年の暮れ、あと数日で新年を迎えようとしていた時だった。突然、田舎の実家の両親から電話が入った。「お前、嫁さんの実家へ婿鰤を持って行ったか?」と。私が、「婿鰤(ムコブリ)?何だっけそれって?」と尋ねると父は「結婚して初めての正月直前の年末に、婿さんから嫁さんの実家へ寒ブリを一本、贈るのが習わし」と改めて教えられた。そういえば、私がまだ実家に住んでいた頃、何回かこの「婿鰤」の言葉に遭遇したことがあったのを思い起こした。北近江にあるその田舎の実家の村では、その村から他家へ嫁いでいったお嫁さんの実家に、その嫁ぎ先の家の婿さんから、「婿鰤」が贈られて来て、とても食べきれない大きさであることからだろう、近所の家々へも、その寒ブリの切り身ブロックがお裾分けとして振る舞われてきたことが何回かあったのも思い出した。しかし、その時はその時期が年末だとは直ぐには思い起こせなかった。 頂戴する方は簡単で、脂の乗った、旬味の寒ブリを食するだけで済むのだが、突然、贈る側の立場に立たされたのだ。どうすればいいんだ。父母のその電話にうろたえながらも、その習わしに従って、婿鰤を贈る作業に入っていった。
妻の実家にまず電話を入れて、その旨「婿鰤を持参する。」と伝えると、義母は「そんな大そうな。そんな風習は聞いたこともない。」と戸惑いながら遠慮いただいたのだが、自分の実家の習わしだと改めて伝えた。当時住んでいた市内に妻の実家もあった。近所の魚屋にまず電話して「寒ブリ一本」の相場を尋ねたが、一本ともなると金額も時価で定額がないらしい。また、予め注文しておかないと手に入れることもなかなか難しいことも知った。今日、お店を訪ねて直ぐ手に入るものではないらしい。困ったな、と思案していると妻は「そんな丸ごと一本のブリを貰う方も始末に困るから、もう諦めたら」とも言われたのを記憶する。手に入らないなら諦めざるを得ないが、年末の忙しい時期、魚屋の対応も大変なのはわかっていたが、もう少しだけ探してみることにした、市内の駅の北側に当時はまだあった、商店街の中の魚屋さんで、ブリではなく、「ハマチ」を一本見つけた。ブリもハマチも同じだろうということで、そのハマチを贈り物用に包装してもらって、それを妻の実家に持参して行った。
「婿鰤(ムコブリ)」の風習。その謂れは、鰤が「出世魚」であることにあやかって、結婚したその年の瀬に、嫁さんの実家へ贈ることによって、「婿ブリを示す」という、一種のダジャレと、これからの人生も、婿さんの「出世」ブリ、男ぶりを嫁さんの実家へ示すといいう、「見栄」っぱりぶりを示したものだったようだ。私の生まれ育った頃の北近江の周辺では確かにこの風習はあった。米作り田圃ばかりの田舎では、正月のご馳走としては、寒ブリの贈り物は確かに受けが良かったと思われる。村中がその切り身の恩恵にあずかったものだ。村から娘が嫁に出ると、当然のことのようにその年の瀬の「婿ブリ」御裾分けを密かに近所の人は期待していたものだ、という。 この婿鰤の風習、田舎ではどこでも通常にあったのかと思っていたが、会社の同僚などは聞いたことがないと言っていたのでネットで調べてみると、北陸地方の習わしであったようだ。北近江の私の実家もその流れを受けていたのかもしれない。
私の婿ブリの顛末は、もう随分と昔のことであるが、振り返ってみると、出世魚の「ブリ」ほどは出世できなかったのでやはり「ハマチ」ほどの出世だったのかなあ、と思う今日この頃である。 (平成27年1月2日記)